やりがいが見つかると、生きる活力が湧いてきた。
今日は、牧野リトリートフィールドで働く近藤浩晶さんのお話をご紹介します。
高校は地域屈指の進学校に合格したものの、入学後、何もかもやる気がなくなり燃え尽き症候群のようになってしまった近藤さん。
それでも、大学に進学されましたが通えなくなり、家に引きこもるようになってしまいました。
その後、30歳を過ぎ、【NPO法人 姫路こころの事業団】を経て「牧野リトリートフィールド」とご縁があり、スタッフとして働くことに。
日々、紆余曲折ありながらも牧野の畑と向き合い、いまは、野菜の栽培から管理までを同僚スタッフとともに担当されています。
そんな近藤さんに、これまでの人生を振り返っていただき、いろいろとお話をうかがいました。

牧野リトリートフィールドスタッフ 近藤浩晶
難関高校に入学も、無気力状態で過ごした学生生活
-こんにちは。今日はよろしくお願いいたします。
早速ですが、近藤さんの学生時代やご両親のことを聞かせていただけますか?
近藤さん(以下、敬称略):
小学校はあまり楽しくはなく、中学校は普通という感じでした。
父は実直な人で、家族みんなに厳しかったです。晩御飯の時間はみんなピリピリしていましたね。そんな感じなので、僕は母親にべったりでした。

幼少時代のアルバムを見ながら談笑するスタッフ近藤(写真左)と濱中(写真右)、インタビュアー坂内(写真中)
-そうなんですね。社会に出ると大変なことも多いので、お父さんは家の外と中でバランスをとっておられたんでしょうが、ご家族にしてみれば大変でしたね。
そんな中、小学校・中学校と学校生活はどうでしたか?
近藤:
小学生のころ、成績は良い方でした。中学も、入学直後のテストでは成績が良かったんですが、だんだんと下がりだしてきまして。
両親とも高卒で苦労したらしく、「学歴は大事だからちゃんと勉強して大学に行かないといけない」という考え方でした。ですので、中学1年生2学期あたりから塾に通ったりして成績を上げ、高校は地元の進学校に合格しました。
-そうなのですね。きっとご自慢の息子さんだったのでしょうね。
高校に入学され、どうでしたか?
近藤:
高校に入ったら「もういいわ、もう勉強しないぞ」と。高校がゴールになってしまっていました
「燃え尽き症候群」という、一種の心因性うつ病ともいわれる病気があるそうですが、おそらくそれだったと思います。
入った直後から無気力状態。病院に行っていないので診断はされていませんが、まったくやる気が出ないのです。
-それは大変ですね。そんななか、学校には行っていたのですか?
近藤:
一年間は休まず行きました。進学校でしたが勉強にはあまりうるさくなく、やりたい人はやりなさい、という方針のようでした。
学年に550人くらいいて、ほとんどの生徒は放っといても勉強する。勉強しなくても学校からは何も言われないのですが、高2くらいから、まわりと合わなくなってきたのです。
-会話が合わないとか?
近藤:
そういうのもありますが、それよりも僕が何事に対しても極端にやる気がないからです。そうして、だんだんと学校を休むようになりました。
-ご両親の反応はどうでしたか?
近藤:
学校に行きなさいと言われなくなりました。最初の1年間は多少言われましたが、親は徐々に諦めていったようです、どうせ言ってもムダだろうと。
高校3年になり、また学校に行くようになりましたが、授業についていけない。それでも、勉強を完全に捨て去ることができなかった。進学校だから、まわりは当たり前のように大学に進学しますので、勉強したい分野もないのに自分も大学に行く気持ちはありました。
結局、一年間の浪人生活を経て、夜間大学に合格しました。
やりたいことがないまま大学に、そして引きこもりの生活
-高校ではやる気がなくなり「燃え尽き症候群」のようになってしまったのに、進学が当たり前の環境の中で進学を選んだのですね。
大学生活はどうでしたか?
近藤:
特に目指すものややりたいこともないまま大学に通いだしました。
夜間大学だったので、実際社会で働いている人も来られていました。その人たちはキャリアアップを目指しているのでやる気があるのですが、僕を含めた残りの多くの人は、行く大学がなくて通っていた感じでした。そのうちみんなバイトに熱心に行くようになりました。
僕も2年生4月くらいから深夜の清掃アルバイトを始めました。夕方から大学に行き、その後バイトで朝帰ってきて寝る・・・そんな生活を2年の秋まで続けました。
進級には厳しい大学で、卒業しようと思ったら、ほぼ毎日出席しないといけませんでした。でも僕は毎日大学に行けていなかったので進級できず、結局、休学して下宿先にこもるようになりました。

昔を振り返りながら、ゆっくりと話をする近藤。
-その頃は何をして過ごしていましたか?
近藤:
休学してからは、下宿先に引きこもっていました。一人暮らしなので食料の買い出しには行きましたが、それ以外はレンタルビデオ屋さんで借りた映画ばかり観ていました。
一日5~6本、ずーっとビデオばっかり。朝起きて、ごはんを食べてまた映画観て・・・。そんなことを続けているとおかしくなりますよね。
-それはまたすごい生活でしたね。なにか体調に異変はありましたか?
近藤:
そんな生活を一年くらい続けていたらちょっとおかしくなりました。
被害妄想が激しくなり、盗聴されていると思い込んだり、幻聴が聞こえ出したのです、スピーカーからすごい音が聞こえてきて、スピーカーに向かって「うるさい!」と叫んだらピタッと止まったり。実際には音は出ていないのですが。
あと、枕元のラジカセに盗聴器が仕込まれているに違いないと思い込んだり。そのうち、TV番組で誰かを探していたら「僕を探してるんや!みんなでグルになって僕を殺しに来る!」と、被害妄想がどんどんエスカレートしていきました。
頭の中が爆発するような感じになり、母に電話をしたらこれはおかしいということで、実家に連れて帰らされました。それからです、病院に行くようになったのは。大学に入学して3年8か月が経った、23歳のときでした。
30代のほとんどは病院にかかり、その後【NPO法人 姫路こころの事業団】と出合う
-病院に行って何か変わりましたか?
近藤:
病院からは薬を処方してもらいました。
薬を飲むようになって被害妄想はとりあえずおさまったのですが、妄想の後も残遺症状を何ヶ月か引きずってしまうので、ものすごくしんどかったです。
-大変でしたね。それからはご実家で過ごしていたのですね。
近藤:
はい。ずっと家にいました。23歳で発病し、一旦症状がおさまったのですが、約5年後にまた再発。27、28歳の頃です。それがおさまった後も自宅療養していました。
その後は、その病院の、引きこもっている人のための自助グループに入りました。29歳のときです。それから30代のほとんどを病院にかかっていました。
その自助グループは、日曜日ごとに集まってみんなでどこかに出かけるなど、週に1回活動をしていました。そこに10年弱通ったのですが、そのグループの活動が下火になってきて行かなくなりました。ちょうどその頃、【NPO法人 姫路こころの事業団】に見学に行ったのです。
行事などにも何回か参加させてもらい、こっちの方がいいな、と思って姫路こころの事業団に行くようになりました。2009年頃で、この頃、いまの病院にかわります。
そのときはまだ、姫路こころの事業団は「居場所」という感じでしたが、2013年くらいにB型就労支援ができたので登録し、毎日行って働くようになりました。
農業への憧れ。大変だけど贅沢な仕事
-B型就労支援ではどんな仕事をしていたのですか?
近藤:
ちょうどその頃、姫路こころの事業団は姫路市別所で土地を開墾して畑をつくっていて、僕はそこで働いていました。
じつは、姫路こころの事業団に見学に行ったときから畑がしたいと思っていたので、嬉しかったです。
-そうなんですね。すごいタイミングですね。
畑に興味を持たれるきっかけは何だったのでしょう?
近藤:
姫路こころの事業団に来る前に通っていた病院に喫茶店がありまして。週に何回か手伝わせてもらっていたのですが、そのとき、将来こんなお店が持てたらいいなと思ったのと同時に、飲食店は素材が大事だな、野菜を育ててみたいなと思ったのです。
また、同時期にテレビ番組で自給自足の農業を見て、こんな生活もいいなという憧れがあったり。そういうのが重なって農業に興味が沸いてきました。

畑でもくもくと作業をするスタッフ近藤とスタッフ村上
-そうだったのですね。実際に農業に取り組んでみていかがでしたか?
近藤:
大変でした。
ちょうど別所の畑を開墾するところからなので、ただ種を植えて収穫するだけではないですし。土を耕すのにトラクターも必要ですし。
もう畑ができあがっているところしか想像できていませんでしたので、こんなに大変だとは思っていませんでした。思い描いていた農業のイメージとは違いました。
-それでも毎日通われたのはすごいことですよね。
近藤:
それはもう、何もしないよりは何かした方が・・・何もしないってしんどいじゃないですか。
最初は体を動かすのはきつかったです。畑に出ること自体にエネルギーを結構使ってしまっていたので。
-学生時代、家から出られなかった近藤さんが、日々の労力は大変だったでしょうが、毎日畑に通うということがすごいことだなと感じました。
生活スタイルも徐々にできあがってきましたか?
近藤:
畑に行ったり行かなかった時期もありましたし、行っても作業せずに建て屋の中でダラダラして一日が終わることもありました。
生活リズムが整うまで5年くらいはかかっています。
また、当初はペーパードライバーだったので運転もできなかったのですが、これでは仕事にならないなと、下道から運転を始めて。いまでは高速道路の方が安全だなと思います。
その後、牧野に畑が移ってからの約3年間は、休みの日以外ほぼ休まずに毎日来ています。
-すごい!着実に前に進んでおられますね。
最初は一人だった作業も、いまは共に働く仲間も増えましたね。
近藤:
一人で作業するときとはしんどさが全然違いますね。
体力がないから肉体労働はとても大変なのですが、一人のときと違い、楽しんで農業をしています。
畑で働くようになって5年が経ちましたが、農業はとても贅沢な職業だなと感じています。

ともに働く仲間が増え、日々楽しく仕事をしています。
-農業の、どういうところに贅沢さを感じるのですか?
近藤:
自然、土を相手にしているところでしょうか。自然の中で自然に触れて働けるなんて、ものすごく贅沢な仕事ですよね。
精神的に一番安定する仕事だなと思っています。
やることがある、居場所があることの大切さ
-近藤さんご自身、農作業する中でこころの安定に変化はありましたか?
近藤:
はい。変わりました。
まず、毎日行くというのはとても重要で、毎日行くから安定するんだなと思いました。なぜかはわかりませんが、やり続けることが安定につながるような気がします。
「やることがある、自分の居場所がある、趣味ではなくて仕事がある」というのが大事だなと思っています。
生活があるのでお金の面でも仕事は大事なのですが、それだけではなく、仕事だから責任も出てくるし、責任がやる気につながっています。
他のスタッフ2人と共に、野菜づくり全般を担当しています。一ヶ月ごとにやることを決めているのですが、それも目標になってやる気につながっています。
牧野の畑で働くようになってから感じることは、趣味は息抜きになってそれなりに楽しいけれど、やはり仕事とセットなんじゃないかなと。
家に引きこもって趣味だけの世界になるとどこか苦しいのです。趣味が生きてこないというか。
働く場所があるということは、すごく恵まれているなと思っています。
牧野リトリートフィールドは、やりがいを感じる場所です。

自然に触れながらやりがいを感じながら、日々働いています。
-素晴らしいですね。ところで、発病されてからどれくらい経ちましたか?
近藤:
25年くらいです。
いまも月に1回通院していて処方された薬を飲んでいますが、状態は安定していますし、薬の量も当初よりは減っています。
やりがいが生きる活力に
-近藤さんのこれまでのお話をうかがっていて、「勉強をやらないといけない」から無気力になってしまい、引きこもったあと外(病院)に出て「喫茶店をやりたい」、さらには「農業をやりたい」と能動的になられて、良い循環に変わってきたように感じました。
そうして、濱中理事長の【こころに傷を負った人々が自分自身とのつながりを取り戻し、素晴らしい才能を発見・引き出して社会へ羽ばたいていく場所にしたい】という熱い思いが詰まった牧野リトリートフィールドに出合い、やりたいことができる場所で社会の一員として仕事をしておられる・・・。その素晴らしい循環にとても感動しました。
近藤:
はい。畑の仕事を通してのやりがいが、生きる活力になっています。
引きこもっていたときは趣味以外にやることがなくて・・・やることがない苦しさってありますよね。
とりあえず「出る」ことが、次につながる
-昔の近藤さんみたいに、いま、引きこもっていてつらいと感じる人もいらっしゃると思います。
そんな方に何か声をかけるとしたら、どんな言葉ですか?
近藤:
とりあえず、家から「出る」ことでしょうか。何かを克服してから出るではなくて出てみる。出て何かをしていたら徐々に変わっていくんじゃないかと思います。
出るときに「こうなったら出よう」とか「これができたら出よう」と自分でハードルを設定してしまうと、余計に出られなくなってしまう。キリがないから、「とりあえず出る」でいいと思うんですよね。
でも、いきなり出て会社で働きます、というのは無茶かなと思うので、牧野リトリートフィールドみたいな場所があって、そこにとりあえず出て行ける、居場所がある・・・そんな環境がベストだなと思います。

体を動かし、疲れたら畑で休憩タイム。外で食べると一段と美味しい♪
-出る最初の一歩として牧野リトリートフィールドは最適ですね、理想の居場所です。
毎日行く場所があり、共に働く仲間がいる。牧野リトリートフィールドに出合うまでの人生では受け身だったのが、「農業がやりたい」と自分から行動するようになり、働くことを通じて生きる活力が沸いてきたとおっしゃる近藤さん。
家族を持ちたい、自然栽培にも挑戦していきたい、という思いも出てきて、新たな循環の輪の中で日々充実して過ごしておられるんだなと感じました。
「自分の心が喜ぶこと、やりたいと思うことをやる」ことが、人にとってすごく大事なことなのですね。
今日は、とても貴重なお話を聞かせていただきまして、ありがとうございました!
(2021年2月8日 インタビュー)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
牧野リトリートフィールドの農園でリトリート体験
牧野リトリートフィールドには、日常に疲れてしまった人が自然の中に身を置いて自然を感じながらこころと体を休めることのできる居場所があり、【農園でリトリート体験】をしていただけます。
ゆったりとした時間の流れる自然の中で、本を読んだり昼寝をしたり、お食事やお茶を楽しんだり、ときどき農作業をして体を動かしたり。
現状を否定したり自分を責めるのではなく、疲れが極限にきていることを認め、「休む」ことを自分に許すことから始めてみませんか。
風・水・土・畑・・・。
自然の中でリフレッシュして本来の自分を取り戻し、また元気になって社会生活を送るための第一歩を踏み出せる場として、ぜひご活用ください。