“生きる喜び”を体験してほしい

牧野リトリートフィールドでは、心(精神)に傷を負い社会生活が難しくなってしまった人、自分を見失ってしまった人が、本来の自分自身とのつながりを取り戻し、地域社会で自らの人生を創造していけるようサポートしています。

牧野リトリートフィールドの創設に至るまでには、2003年からの長いプロセスがあります。

老若男女、誰もが本来の自分自身を取り戻し、人生の主人公として生きることができる・・・生きづらさを感じている人にも“生きる喜び”を体験してもらいたくて、安心して居られる居場所(後に、「NPO法人姫路こころの事業団」に移行)をつくりました。

 

自分自身の体験から、福祉事業所「NPO法人姫路こころの事業団」を設立

こう考えるようになったきっかけは、私自身の体験でした。
子育ての過程で思うようにいかず、当時高校生だった次女の拒食症を目の当たりにしたのです。
娘の心の叫びをどうすることもできず、娘とどう接したらいいのかさえもわからず、母親として失格と自分を責める日々。

いま思うと、あの頃は「親としてこうあるべき」とか「嫁はこうあるべき」とモヤモヤした感情を持ちながらも、「子どもをちゃんと育てなければ、良い嫁と思ってもらえない」と、義務感と世間体ばかりを気にしていました。

そんな中、不登校の若者たちの再生の場としての塾を主宰されている方とご縁をいただき、これまで考えもしなかった話―――価値観のパラダイム・シフトが起こっている事を聞いたのです。

「不登校の若者たちって、すごく光るものを持っているけれど、それを出せないままでいます。それは子どもの問題と思われるかもしれませんが、親子関係の中で、親が抱える問題(夫婦の関係性、嫁姑の関係性、父・母としての自信のなさ等々)が子どもに出ているのではないでしょうか。「“子どもを何とかしなければ”ではなく、まずは親が変わらないとダメでしょう」。

・・・初めて聞いた言葉でした。

そうか、自分の育て方や考え方、「人としての在り様」が、子どもを追い詰めていたんだなあと、その頃から気づき始めたのです。

その後、「なにか自分なりに役に立てることがあるんじゃないだろうか。姫路でひきこもっている人たちや、不登校で行くところがない人たちの居場所を作りたい!」と思い始め、2003年に任意団体として「姫路こころの事業団」を設立いたしました。

 

こころの傷を終わらせ、本来の自分の可能性をいかに引き出せるか

2009年にNPO法人としての認可を受けました。そしてその後、まず“地域活動支援センター”としての事業の委託を受け、福祉制度の恩恵を受けながら活動していくこととなりました。

「障がい」という言葉に強い抵抗感を持つ方もおられたので、「働きたいけれど働けない」「自分なりの働き方をみつける」には、誰かのサポートが必要な“人たち”のために開いた“場”として再スタートとなりました。
目の前の若者たちが元気を取り戻すに合わせて、「就労継続支援B型」と雇用契約を結び、仕事をし報酬をお渡しする「就労継続支援A型」も始めることとなりました。

生きていくために仕事に就き、働いた分の報酬をもらう。そして、それを糧として生きていくことの大事さ。
それともう一方の極性には、障がいを持ち、あるいは精神的な病を発症してしまったがために生きづらさを抱え、「私の生きる意味って何?」という根源的な問いの「答え」が見つからずに、最初の一歩が踏み出せないでいることの苦しさ。

この苦しさを語り合える仲間と場が必要だと考えています。

目に見える世界と見えない世界。この両方のバランスがうまくとれて初めて「生きていく勇気」が内側から湧いてくるものだと思うのです。

ごく普通に小・中・高校、大学と学校生活を過ごせた人は、生きていく基本的な力・・・知力・体力・気力・人との関わり方も自然に学び、人生を豊かにしてくれる趣味を楽しむ時間との折り合いのつけ方も身につけられています。
それに比べると、学校生活でいじめにあったり、他の人に“こころ”を開くことができずひきこもらざるを得なかった、あるいはその年齢の真っ最中に発病した人たちは、自然に体験出来るであろうことも経験しないままに年を重ねた。そうして、“大人”と言われる年齢になってしまった人たちは、その時間を取り戻すことの難しさを感じます。

思い切り好きなこと、わくわく“こころ”踊るようなことを、誰の目も気にせず遊ぶ時間を許されてこそ、“生きてみようという意欲”、“生きたいという欲望”も産まれてくる---ということを、若者たちから教えられました。

そしてまた逆に、普通に学校生活を送り、社会人となり、家庭生活・社会生活を送っていた人たちがダウンし、社会復帰しようと頑張れば頑張るほど追い詰められてしまう。

日本人の精神風土は、“枠から外れた人”に対して非常に冷たい視線を向けてしまう傾向があり、疲れ果ててダウンしても、ゆっくり休むことも許されず、自分自身ですら「家族を守れない自分」を責めてしまう。

生活に追われて、弱音も吐かせてもらえないまま、頑張り続けるレールに乗っかって、そこから脱落できない。
息が詰まるような「行き詰まり」を感じておられる人たちも多いのではないでしょうか。

病気になって、休職してしまう前に「自分は今、困難な状況にあること」を受け入れ、何に困難を感じているのかを、目を逸らさずにしっかり感じきることの先に、本来の命のエネルギーが戻ってくるのではないでしょうか。

 

“安心して自分の弱さをみつめ、さらけ出せる場所”

「安心して絶望すること」=「自分の弱さをプラス思考で塗り固め、目を背けて誤魔化そうとすることからの決別」

 

人間は、誰でもとことん落ちるとこまで落ちずに、何とかしようと足掻いてしまいます。
これが苦しい。

 

自然の営みを身体で感じてみよう

牧野リトリートフィールドでは、農薬や肥料を使わず、野菜が“土”と“太陽”と“水”で自然に育つお手伝いをしています。

“種”をまくと、その種を発芽させるためにはどんな栄養分が必要なのかを土が感知し、その栄養分を持っている草を生やします。ですから、根こそぎ草を抜いてしまうと大事な栄養分が無くなってしまいます。と言っても、草まみれになるとお日様が充分当たらず、草に負けてしまいます。その辺りの加減は人の手で手伝います。
また、土中の微生物がどんどん増えやすい環境にするために、もみ殻や木のチップをいれてあげます。成長に合わせて添え木をしたり、獣害にあわないようにネットを張ったり・・・。

種の持つダイナミックスさに驚いてしまいます。なすびはなすびになり、きゅうりはきゅうりになり、トマトはトマトになり・・・。
当たり前のようですが、不思議ですよね。人間もきっとそうなんだと思います。

いつの頃から、あの人のように頭がよくなりたい。こっちの人のようにスポーツ得意になりたい。もっと背が高い方がいい。いやいやもっと低い方がいい。お金持ちがいい。なんとかかんとか・・・・比べるようになってしまったんでしょう。

「あの人みたいになったらダメなんです。私は私でいいんです」。

日々の暮らしの中で、こんな当たり前のことに気づいたりします。

 

人と人が素直に信頼してつながれる場所になればいいな

牧野リトリートフィールドでは、健康な人も“生きる”気力が枯れてしまった人も、老若男女、年齢も多重層で集まって、みんなで子どもの頃の“こころ”を思い出して、子どもの時間をもう一度思い切り楽しみたい。
いろんな人たちと集い、一つのことをやり遂げる歓び―――それを通して、自分の得意なことや苦手なことに気づいたり、周りの人たちの得意なことを共に喜んだり、苦手なことには手を貸してあげたり・・・。ざらついた感情なく素直にそんなやりとりが出来ると幸せ感じをますよね。

デコボコ、大きい小さい。いろんなパズルがうまくはまって一つの絵になるように、誰と較べる必要もない。
どのピースも絶対必要。
元気と自信を一杯にして、次のステップ・・・自分の人生の主人公として人生を創造していくために、牧野リトリートフィールドを卒業も良し。残ってこのフィールドの可能性を拡げるもよし。
スペインのサクラダファミリア教会のように、たくさんの人の関わりで、その時その時の形も自在に変わっていく。

牧野リトリートフィールドは、ご縁があって来てくださる人たちと一緒に、どの人にとってもその人なりの役立ち感のある、創造性が刺激されるような“場”に成長していくことを願いつつ、2017年11月に着手しました。

 

自分の才能を見つけ、サポートし合い、輝いて生きる

牧野リトリートフィールドはまだ始まったばかりですが、そんな素晴らしい場所へとどんどん育ち、輝く人が増えていくことが私の夢であり想いで、いまはそのプロセスを楽しんでいます。

運営しながら、まずは私自身が本当に自分を発揮できることを探しながら求めながら日々取り組んでいます。
スタッフもすべて、みんなが本当にしたいこと、自分が持っている才能、力を、自分で見つける。
苦手なところ、できないところはサポートしあって、みんなで大きく育っていきたいと願っています。

牧野リトリートフィールド理事長 濱中美喜子

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